第拾参話「闇に隠された眞実」


「朝〜、朝だよ〜、朝御飯食べて学校行くよ〜」
 例の目覚ましで、いつものように目覚める。昨日色々あったせいか、疲れがまだ抜けきっていない感がある。
(やはりこういう時は…)
 そう思い、例の如くCDに手を掛ける。今日はOVA真ゲッターの『今がその時だ』である。
「命を燃やせ〜♪怒りを燃やせ〜♪今が〜♪その時だ♪チェンジ!ゲッター〜〜〜!!…」
「うにゅ〜…、だからそれ止めてよ…」
 そうすると案の定名雪が起きてくる。眠気が取れ、名雪が起きるのだから、全く持って一石二鳥な行為である。
「…ですが、あの方々は30年前確かに主人と日人さんが霊眠させた筈…、今更そんな事…。分かりました…」
 1階に降りると、切羽詰った声で電話に応対している秋子さんの声が聞こえてきた。 「どうかしたんですか?」
「学校から祐一さんに電話で、登校した後、直に校長室に来るようにと…」
 潤があの事件の帰り際、事の一部始終学校側に伝えると言っていたので、恐らくそれに関しての呼び出しだろう。應援團の機密レベルの事を知ったのだから、何らかの口止めは要求されるだろう。
「祐一、いったい何したの?」
と私を心配する声を上げ、名雪が2階から降りてく来る。
「お前には関係ない」
「うー…、関係ないと言われるとますます気になるよ〜」
 関係ないと言ったものの、春菊さんが元應援團である以上、間接的な関係はあるかもしれない。しかし、恐らく名雪は父が應援團であった事は知っていても、その先は知らないだろう。故にこの件は追求されても黙秘し続けるのが無難だろう。


「失礼します」
 学校に着くと、その足で校長室に向かい、ノックをし、中に入る。そこには目の前に座っている校長先生。睦先生と一成先生。應援團全員と舞。そして、何故か佐祐理さんの姿があった。メンバーが全員應援團絡み(佐祐理さんは、父親が應援團の支援者だから、その関係でだろう)と言うのが、昨日の出来事がいかに他言無用のものであるか、想像に難くない。やはり私は、この学校の根底の部分まで足を踏み入れてしまったのだろう。
「…と、以上が昨日の夜中、校舎内で発生した事件についての一部始終です」
 まずは、潤が皆に向かい、昨日の事件の一部始終を話す。
「そうか、今まで舞が問題を起こしていた背景にはそんな事情があったのか。やはり舞は白だったか。良かった、良かった。先生は舞の事を最初から信じていたぞ」
 しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは睦先生だった。そして徐に舞に近づき、背中をバンバンと叩く。
「おい、舞!まだ話は終わっていないぞ」
 その態度に嫌気が差したのか、舞は校長室を後にした。
「舞…」
「全く、折角褒めてやったというのに…」
 舞の身を案じるような言動の佐祐理さんと、半ば怒り気味の睦先生。2人の取った態度は全く別のものだった。
「で、川澄君が『魔物』と形容していたモノの正体は掴めたかね?」
と潤に訊き返す校長先生。
「いえ、私と四郎の能力ではそこまでは掴めませんでした。ただ、直接手で掴んだ感じではヒトの思念の塊見たいなモノでした」
「そうか…。報告御苦労だった。破損した窓の方は業者に修理しておくように頼んでおいた。また、念の為、予餞会までの期間、警備の應援團の数を團長と高野君他1名の、計3人で行う事を命ずる。全校生徒、及び他の職員には、昨日の事件は校舎内に不審者が侵入し、警備中の應援團の隙をつき窓を破損。犯人はまだ捕まっておらず、犯行を重ねる可能性があるので、應援團の警備人数を増やすに至ったと伝えておく」
『諒解しました!』
と應援團全員が返事をし、校長先生に向かい敬礼する。それにしても、展開が殆ど大本営発表である。まあ、それだけ学校の運営や存在に関わる問題なのだろう。
「あと、倉田君は今の事を倉田党首に一字一句漏らさず伝えるように」
「かしこまりました」
「では、各自教室に行きたまえ」
 そう言われ、各自順に校長室を後にする。私はクラスが同じ潤と共に教室に向かう事にした。
「そういえば、潤。昨日『シャイニングフィンガー』って叫んでたけど、手が光っているようには見えなかったぞ?」
「ああ、あれは力を発揮する時の代名詞的台詞だ。実際は掴む瞬間、一時的に腕の筋力を通常の5倍位にしたに過ぎない」
「5、5倍!?そんな事が可能なのか…?」
「『肉体の一部能力を、一時的に常人の限界以上に高める事が出来る』。これが俺が継いだ『力』の蝦夷の力だ。ちなみに四郎は、『超音波によってあらゆる物体の識別が可能』な『聽』の蝦夷の力を継いでいる」
「何だかパッとしない能力だな…」
「当たり前だ。昨日も言ったが、蝦夷の力は生活から派生したもの。故にその力は、普通の人間の力を多少引き伸ばした程度のものにしか過ぎない」
「成程…。ところで、極秘事項をそんなにペラペラ喋っていいものなのか…?」
「下手に隠して色々と詮索されるよりはマシだからな。止むを得ず見せざるを得なかったとはいえ、力を見てしまったからには、祐一には力が何であるかを知る権利がある」


「祐一さん。少し宜しいですか?」
 4時間目が終わり学食に向かう途中、後ろから佐祐理さんが声を掛けてきた。
「ええ、構いませんが、どういったご用件で?」
「佐祐理と一緒に昼食をご一緒しませんか?」
「それは願ってもない事ですが、何か理由でも…?」
「…舞と、お友達になって欲しいのです…」
「えっ!?」
「ここ、2〜3日、祐一さんが赤レンガである女性と話している姿を見かけました。その時思ったのです。祐一さんならきっと舞と友達になってくれると」
「そう思ってくれるのは光栄ですが、私はそこまで出来の良い人間ではありませんよ」
「祐一さんには不思議な魅力があります。心の傷付いた人間を癒してくれるような不思議な魅力、深い優しさが…」
「とにかく付き合いますよ、舞先輩とは一度ゆっくりと話し合ってみたいと思っていましたし」
「有難うございます」
「それで、何処で何を食べるんですか?」
「屋上で、佐祐理のお弁当をです」
「屋上…?今の季節はちょっと…」
「大丈夫です。屋上の目の前の踊り場です」
「ああ、あの應援團の太鼓が置かれてある場所ですか」
 そんな訳で、私と佐祐理さん、それに舞を加えての昼食会が屋上前で行われる事になった。
「う、美味いぃ〜!こ、こんな美味い弁当を食べたのは生まれて初めてだ〜!!」
とあまりの佐祐理さんの弁当の美味さに、私は思わず味皇のような奇声を発する。
「あははーっ、祐一さん誉め過ぎですよ〜」
「……」
「それにしても、毎日こんな美味い弁当を食べれる舞は幸せ者だなあ〜」
「……」
「(…う〜ん、親しみをかけて声を掛けたつもりだったが、失敗かな…)」
「(「舞」と呼び掛けるのに多少の戸惑いがありましたね…)」
「(ですから私は、女性の方を呼び捨てにするのは苦手なんですってば〜)」
「(たとえ後輩であっても舞には裸で付き合える友が必要なのです。祐一さんの精神には反するかもしれませんが、そこの所は宜しくお願いします)」
「(分かっています。出来るだけわざとらしくならないよう善処します)」
「…佐祐理、さっきからどうしたの…?」
「ううん、何でもないわ」
 食事中に耳打ちをしている私と佐祐理さんにそう疑問を抱くのは当然であろう。その後も舞に喋らせる為に色々な会話に花を咲かせるが、舞の口は開かなかった。
「どうした舞?何か欲しい物があるのか」
 暫く沈黙が続いた後、舞が私の手元に置いてある弁当に目がいっているのに気付く。
「卵焼き…」
「よしっ、卵焼きだな!」
 そう言い、私は舞の口元に卵焼きを運ぶ。
(ようやく口を割らせる事が出来たな…。よし、この策でいこう…)
 そう思い、私は奇策を実行する。
「ふえっ?祐一さん、何をしているんですか〜」
 あらゆる弁当箱を自分の懐に一極集中する。こうする事により、舞は私に何を食べたいか訊かない限り、弁当にありつけないという構図である。
「さ、舞。何が食べたい?」
「たこさんウィンナー…」
「諒解っ!ところで舞はたこさんウィンナーは好きか?」
「かなり嫌いじゃない…」
 こんな感じのやりとりが昼休み終了10分前辺りまで続けられた。
「今日は付き合って下さいまして、どうも有難うございます」
「いえいえ、私自身昼食代が浮きましたし…」
「宜しければ、明日以降もご一緒しませんか?」
「考えておきます。そう言えば、佐祐理さん、一つお訊きしたい事があるのですが。今日何故あの場所にいたのですか?」
「あの場所といいますと、校長室でしょうか?」
「ええ。應援團に直接的な関わりのない佐祐理さんが何故あの場所に同席出来たのか?」
「佐祐理の父が應援團に色々と支援しているのはご存知でしょうか?」
「ええ、潤から聞いています」
「なら話が速いですわ。父が應援團を支援する見返りとして、この学校の應援團に関するあらゆる事を、極秘事項も含め公表するようにと、学校側に申し出たのです。佐祐理は言わばその関係の仲介者です」
「つまり、佐祐理さんが一郎党首に、闇に隠蔽された事実まで伝えているという事ですか?」
「ええ、その通りですわ。もっとも、その情報は父の所で止まり、それ以上は流れないですが」
「成程…。それにしても、佐祐理さんのお父上は何故そこまで應援團に拘るのですか?」
「二人のある偉大な人物を生み出した應援團と言うのがどういうものか知りたい。そう言う話でした」
「その二人は?」
「第拾七代應援團團長李日人、同期副團長水瀬春菊。二人とも父が自分の後釜にと期待を寄せていた人物でした。ですが、二人とも既に亡き人で…。父は再びその二人に敵うような人物が、應援團から出てくるのを願っているのです」
「へぇ〜。…っと、そろそろ休み時間が終わりますね。じゃあ、佐祐理さん、また今度」
「ええ」
(日人さんって、母さんがよく俺の引き合いにするあの日人さんの事なのかな…。今度母さんに訊いてみるか…)
 佐祐理さんと別れ、そんな事を考えながら教室へと戻った。


「おっ、あゆ〜。こんな所で何してるんだ〜」
 下校し帰宅する途中、商店街であゆに偶然出くわす。あゆは私に気付き、手を振り背中の羽をパタパタさせながら私の方に近づいて来た。
「こんにちわっ、祐一君」
「また探し物か?」
「うん…」
「手掛かりは見つかったか?」
「ううん、まだ何を探しているのかも思い出せないんだよ…」
「そうか…。さて、今日も手伝ってやるか」
「えっ、手伝ってくれるの?」
「ああ、乗り掛かった船だ。見つかるまで付き合ってやるぜ」
「ありがとう、祐一君」
 その後商店街の至る所を散策するが、探し物は一向に見つからなかった。
「日が暮れてきたな。今日はこの辺りで撤退するのが妥当だな」
「そうだね。祐一君、手伝ってくれて本当にありがとう…」
「…それにしても、この辺りも変わった所は変わったな。例えば、俺とあゆが初めて会った酒屋はコンビニになっていたり…」
「あっ、言われてみれば、あのお酒屋さん無くなっている」
「…今まで気が付かなかったのか…」
「うん、祐一君に言われて初めて気がついたよ」
「店が変わっているのにも気付かないのなら、探し物を忘れてしまうのも当たり前か…」
「うぐぅ〜、祐一君ひどいよ〜」
「冗談だ。…もっとも俺も似たようなものだがな…」
「どういうこと?」
「俺もあゆと同じく探しているものがあるという事だ」
「祐一君…、祐一君は何を探しているの…?」
「記憶…、私がこの街を避け続けた起因となる記憶の断片だ…」
「記憶の…だんぺん…?」
「私は最近夢を見る…。この街で過ごした刻のあらゆる夢を…」
 きょとんとした顔で私を見つめるあゆ。そのあゆに私は自分が探している記憶の断片の詳細を語り掛ける。この事は誰にも話さず、自分の心の中だけで解決しようと思っていた。だが、不思議にあゆにはこの想いを打ち明けてみたくなった。何故だろう、何故そんな気持ちに駆られたのか自分でも理解出来ない。あゆが私と同じく、見当もつかない物を探しているからなのだろうか。ただ、一つだけ言える事がある。あゆの探している物も私が探している記憶の断片も、それぞれに取って掛け替えのない大切なものであるという事である。
「見る夢は尽くこの街で過ごした幸福な思い出…。それらは私がこの街を拒否する事で、同時に忘れてしまったものなのだろう…」
「祐一君、一つ聞いていい?」
「何だ?」
「ひょっとして、ボクのことからかってる?」
「今の話を聞いてどうすればそんな風に思うんだ…」
「うぐぅ〜、だって祐一君が自分の事『私』っていう時は、いっつもボクをからかっている時だもん…」
「うっ、…言われてみれば確かにそんな気がする…」
「それに祐一君にマジメな台詞は似合わないよ」
「それは余計なお世話だ…」
「うぐぅ…」
「…と、余計な話をしている内にもうこんな時間か…。じゃあな、あゆまた今度な」
「あっ、バイバイ祐一君」
 そう呼び掛けるあゆに対し、私は後姿で手を振りながら家路に就いた。


「サボテンの花が…咲いている…(C・V池田秀一)」
 家に帰り自室に入ると、そこは何者かに荒らされた痕跡があった。その惨状に驚き、私は思わず意味不明な言葉を発する。散らかっているのが漫画本であるあから、恐らくは真琴の仕業だろう。
「真琴、真琴〜。いるか〜〜」
「あう、祐一お帰り〜」
 真琴の部屋のドアを必死で叩く。そうすると嬉しそうな顔で真琴が出て来たので、とりあえず頭を殴りつけておく。
「痛ぁ〜い、何するのようっ〜」
「お前だろう、俺の部屋を荒らしたのは。そのお仕置きだ」
「あうーっ…、だって祐一から借りた本全部読み終わって退屈だったんだもん…」
「全く…。まあ、お前に新しいのを貸さなかった俺にも責任があるな。いいか、真琴。これから漫画を読みたい時は俺の部屋から好きなだけ持ってっていいぞ」
「えっ!?本当に?」
「ああ、本当だ。但し、読み終わった漫画本はちゃんと元あった場所に戻しておくように」
「あう、ありがとう祐一〜」
 そう言い、真琴は屈託のない笑顔で私に抱き付いてくる。
「だあ〜。だから抱き付いてくるな〜」
 抱き付いて来た真琴の勢いに乗り、私は部屋の外に倒れるように身を乗り出してしまう。
「あらあら、仲が良いですわね」
 真琴とそんなやりとりをしている間に、タイミング良く秋子さんが割り込んでくる。
「あ、いやこれは…」
 私はどう対応したらよいか分からず戸惑う。
「真琴ちゃん、大分元気が良くなったみたいね。今日は夕御飯食べられるかしら」
「あう、真琴は元気だよ」
 そう言い終えると真琴は私の部屋の方に走り出した。早速漫画本を持って行こうという魂胆だろう。
「ところで、真琴ちゃんの所在は掴めたでしょうか?」
と、立ち上がった私に秋子さんが話し掛けてくる。
「いえ、今の所はまだ…」
「そうですか…」
 自分が昔買っていた狐と名前が同じだ。今真琴について分かっているのはこれ位である。しかし、信憑性が無さ過ぎるので果たして秋子さんが信じるかどうか…。そう思い、私は口を噤んだ。
 その後、真琴を含んだ初の4人組の夕食会が行われ、その日は心地よく床に就く事が出来た…。


「祐一君、これ何?」
「クレーンゲームだ。知らないのか?」
「うん、学校でゲームセンターは行くなって言われているから…」
「あっ、じゃあ悪いことしちゃったかな…」
 何回か会う内に、あゆは最初に会った時より元気になってきた。それでその日、僕はあゆをもっと元気にしてやろうと、駅前のパチンコ店の2階にあるゲームセンターにあゆを連れて行った。
「ううん、祐一君といっしょにいられるならどこでもうれしいよ」
「良かった、連れてきたかいがあったよ。それでクレーンゲームっていうのは、上からぶら下がっている手みたいので下にある景品を取るゲームなんだ」
「へぇ〜。…わあ〜、かわいい人形…」
「欲しい人形があるのか?」
「うん、でもボクにとれるかな?」
「う〜ん…、あゆちゃんがニュータイプだったらとれるかな?」
「うぐぅ〜、言ってる意味がよく分からないけど、ようするにボクには無理っていうこと?」
「まあ、そういうことだ」
「うぐぅ〜…」
「大丈夫!僕が変わりに取ってあげるよ」
「祐一君、得意なの?」
「ああ、これでも『ゲーセンの赤い彗星』って呼ばれてるんだ。一度に普通の人の3倍は取れるぞ!で、どの人形が欲しいんだ?」
「まんなか辺りにある天使さん」
「分かった。さあ、いくぞ〜!ガンダムがただの白兵戦のMSでないことをみせてやる〜!!」
 そう言って、僕は投入口に百円を入れる。
「あれっ!?もう一回!!…くそっ、今度こそ!!…ザクとは違うのだよ!ザクとは!!…」
「祐一君、もういいよ…」
「…νガンダムは伊達じゃない!!…やらせはせん!やらせはせん!やらせはせんぞ〜〜!!…」
「…もう1,000円以上使っているよ…」
「…私とてザビ家の男よ!ただでは死なん!!…まだだ!まだ終わらんよ!!…弾切れ!?こんな時に…!!機体の調整が完全じゃないのか!?」
「ちゃんと動いてたよ…」
 合計2,000円以上使ったけど、結局人形を取ることができなかった。
「ごめん、約束守れなくて…」
「ううん、頑張ってくれたからいいよ」
と僕をなだめるような口調であゆが話しかける。でも、僕のくやしさはそれでおさまらなかった。それどころかますますくやしくなってきた。
 あゆを喜ばせることができなかった。ただそれだけなのに…。

…第拾参話完

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